WEBセミナー ホスピスのこころ

第10回 「全人的苦痛(トータルペイン)について」

2017-05-09

今回は患者さんの「苦痛」ということを考えてみたいと思います。

この講座で何度かご紹介した近代ホスピスの生みの親であるD.C.ソンダース先生は末期がん患者さんが経験する苦痛のことを「全人的苦痛(トータルペイン)」と呼びました。彼女が「全人的苦痛」という概念を提唱するに至ったきっかけになったのはある患者との出会いでした。彼女が1967年に英国ロンドンにSt. Christopher’s Hospiceを設立する前の1964年に彼女が勤務していたSt.Joseph’s HospiceでMrs Hinsonという末期がんの患者に出会ったことがきっかけでした。その時のことをSaunders先生は以下のように記述しています。

 

「私はHinsonさんという女性に、「あなたの痛みについて教えてください。」と言いました。すると彼女は「はい、先生、最初は背中の痛みで始まったのですが、今は私のすべてが痛むように感じます。」と答えたのです。そして、彼女はいろいろな症状のことを教えてくれた後、次のように言ったのです。「私の夫と息子は素晴らしい人たちでしたが、仕事のために離れて暮らしていて、お金は無かったのです。私は痛みどめの薬や注射を叫び求めることもできたのですが、そんなことをしてはいけないことも知っていました。誰も自分が感じていることを分ってはくれないように思われました。そして、私は世界中から見放されているように感じました。」彼女は身体的な苦痛と同様に精神的苦痛についても話しました。そして、社会的問題やスピリチュアルな必要にも触れたのです。」

 

がん患者さんは単にがんによる痛みや食欲の低下、呼吸のつらさといった肉体の苦痛ばかりではなく、その方の人間そのもの、全人格的に苦痛を経験するのだというのです。ソンダース先生は全人的苦痛を理解しやすくするために四つの苦痛に分類しました。(図1)それらは①身体的苦痛、②精神的苦痛、③社会的苦痛、④スピリチュアルな苦痛です。

 

(図1)全人的苦痛

 四つの苦痛については本講座の後に詳しくお話ししたいと思います。ここでは、がん患者さんの苦痛は必ずしも単純ではないということを理解して頂ければ良いと思います。そして、これら四つの苦痛はそれぞれが互いに影響し合います。そのことを(図2)のように説明する人もいます。

 

(図2)全人的苦痛

 例えば、患者さんはがんの痛みがあって夜間眠れなくなるといろいろなことを考えてしまい、不安になったり気持ちが落ち込んだりすることがあります。また、残される家族のことや仕事のことが心配で食事もとれなり、生きる気力を失ってしまうといったこともあります。そして、この図は身体的、精神的、社会的苦痛がたとい無くなっても最終的に残る根源的な苦痛がスピリチュアルな苦痛であることを示しています。スピリチュアルな苦痛とは後で詳しく述べますが、「こんな状態で生きていても意味がない。」「家族に迷惑をかけてまで生きたくない。」といった、生きることそのものの苦痛であり、より深く、根源的な苦痛なのです。

これら四つの苦痛を全ての末期がん患者さんは持っているのですが、ある患者さんは体の痛みは強いがほとんどスピリチュアルな苦痛を表わさないといったようにそれぞれの苦痛の強さは人によって全く異なります。患者さんのお話しを伺いながら、きめ細かく対応しなければならないのです。ワンパターンなマニュアル的な対応は禁物なのです。

 

理事長 前野 宏

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