札幌南青洲病院 看護部

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ボランティア

あるグリーフ(悲嘆)ケアの形〜遺志をつなぐ〜

家族を亡くす、ということは大きな喪失体験です。

悲しみや辛さはその人それぞれの喪失体験の積み重ねや、愛情、旅立つまでの間にどんな体験を共有したかによってもずいぶん違うものです。突然なのか、予期されたことなのか、生前の関わりに対する後悔の度合いが強いかどうか、旅立ちを受け止める時間があったか、故人との関係性がよかったかどうか、本音で語れたかどうか。
本当に、それぞれのストーリー(物語)があって、どれひとつとして同じものはありません。

大切な人を亡くした場所に再び足を踏み入れて、ボランティアをするということ。
以前のブログでも触れましたが、故人を取り巻くご家族やご友人が共に過ごし、語り合い、悲しみを共有しながらも旅立ちを受け入れてしっかり見送ることが出来た時、ひとつのグリーフ(悲嘆)ケアの形として、他者への支援をする行動につながるような気がします。

ボランティアの存在は、医療者でもなく家族でもなく、ちょうどいい距離感を持って、自分が一人の人であることを鏡のように思い出させてくれます。香り高いコーヒーを落としてくれて、病気であることをふと忘れてしまうような時間を作ること、音楽、対話などがどれだけ患者さんやご家族の力になっていることでしょうか。

ある患者さんがこうおっしゃって下さいました。
「私が元気になったら、ここの看護師さんたちを癒してあげるんだ」って。
それを何度となく聞いていたお身内の方が、ボランティアとして申し込んでくださって。
「自分にできることで、彼女の遺志をつなぎたい。きっと彼女自身がそうしたかったと思うから」とおっしゃって、8月から週に1回、職員のために若石式リフレクソロジーというマッサージをしに来て下さっています。
30分の足裏マッサージには、自分でも気づいていない体の不調に気づき、いたわり、ケアしてもらったという以上の効果があるようです。
マッサージをしてくれるボランティアさんのそばに、亡くなった患者さんのにっこり笑った姿が見えるようでした。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
ケアする人もケアされて、またいいケアができる。

楽しいところに人は集まる

日本一、幸せに働ける病院を作りたいと思っている工藤です。

2017年7月現在、当院のボランティアさんは登録29名となりました。
いっとき存続の危機があったことを考えると夢のような人数です。
ありがたいことに、今は特別募集をしなくても、ぽつりぽつりと応募いただくことがあって、大変助かっています。

今日はその中の「飾り棚部隊」(注:勝手に命名)の方たちを紹介します。
ボランティアさんの中には「元看護師」さんや「現役看護師」さんが合計7名いらっしゃいます。
「元看護師さん」の場合、現役で働いていたときには時間に追われて、じっくり患者さんに関わることができなかったけれども、今はゆとりを持って関われるとおっしゃって、認知症患者さんのそばにいて声をかけながら手をマッサージしてくださったり、お茶会の時に隣に座ってゆったりとお話をしてくれたりしています。


しかし「現役看護師さん」の場合、職場でも目いっぱい働き、家では家事をこなしているはず。
さらに別の病院でボランティアをするという発想には、私はなかなか至らないのですが、驚くことに現役看護師の方が5名もいらっしゃるのです。

「飾り棚部隊」の方は2名いまして、現役の看護師さんたちです。いろいろなボランティア活動の中で、飾り棚を装飾するのが好きかも知れない、ということでやってもらったらすっかりハマってしまったそうです。
1~2か月に1度くらいの感覚で来られて、季節の飾りつけをしてくださるんですが、回を追うごとに舞台レイアウトが凝ったものとなり、おふたりの独自の世界観やストーリーが出来てきました。
お二人は、それぞれ別の病院にお勤めですが、休みを合わせて一緒に来られます。

7月下旬に現れたおふたり。
今回は海水浴がテーマとか。


私 「これ、いつアイデアを考えているんですか?」
Aさん「もう、四六時中(飾り付けの事)考えています!」とのお返事・・

しかもこの方、夜勤明けに来たんですって!!

参りました。
すごい情熱とエネルギーです。
Aさん「これやってると患者さんやご家族の方から”楽しみにしてます”って声をかけてもらえるんです。それがうれしくて来ています」

そして、このお二人があんまり毎月楽しそうにここに来るのを知った知り合いの看護師さんが
「今日は見学にきました」と言って参加。
さらに「飾り棚部隊」が増える予感です。

今日もこのブログに来ていただき、ありがとうございます。
楽しいって言って何かをしていると必ず人は集まってくる気がします。
それが仕事に直結してもしなくても。

病院ボランティアのごほうびとは?

こんにちは。
今日もボランティアさんのお話です。なぜそんなにボランティアさんのことを書くのかって?
私の中では外来や病棟と同じ、ひとつの部署と同じと思って愛を感じています。
それくらい、かけがえのない存在なのです。そして無償で来て下さる皆さんをいつも尊敬し、感謝しています。

今日はそんな中、深い言葉を教わったので、書いておきたくなりました。

当院で7年もボランティアをしてくださっているKさんが、こんな話をしてくれました。
「ボランティアを7年続けて思うのは、ボランティアは他者からの賞賛をじぶんのご褒美にしてはだめなのよ。他者からの賞賛をヨロコビにしていたら、賞賛がないと続かないの。形の見えないご褒美を自分でみつけられることが必要なの。自分にしか見つけられないご褒美がここにはあるんだよね。だから7年も続いている。」

これはすごく深いコトバだと思いました。

私はボランティアのヨロコビって、誰かの役に立ち、誰かに喜んでもらうこと。
それが純粋に次への燃料になって、小さな炎を燃やし続けているんだと思っていたから。
その活動がボランティアさん自身の生きがい・やりがいにつながるようにと院長たちも意識してくれています。
何かをする⇒役に立つ⇒喜んでもらえる⇒また次につながる
ここに人と人とのコミュニケーションがあって、心がふれあい、支援したつもりが自分の心もあったかくなって「ようし、また喜んでもらおう」となるわけですね。

Kさんがおっしゃっているのは、「ありがとう」などと明確に返していただかなくても、自ら手ごたえを見つけてつかむということで、今まで私がイメージしていたこととは少し違う視点や価値観を教わった気がします。

だから、今の私では考えが浅くて「なるほど!」とはいかない。
なにせ私自身がボランティア、継続したことないから・・(恥)。
もうちょっと教えてもらわなきゃ・・いや頭ではきっとわからないことなんでしょう。

だって7年ですから!
体を通った言葉はほんとに重みがある!

そしてほかのボランティアさんたちにも質問してみたくなりました。
ボランティアを続けている理由について。ボランティアのヨロコビについて。
きっといろんな答えが返ってくるに違いない、と思うのです。

 

今日もこのブログをお読み頂きありがとうございます。
何事も奥が深いですね~。

もうひとつのボランティア(職員編)

前回までボランティアグループせらの活動についてお話しましたが、今日はちょっと番外編を。
せらの活動が危うくなって、一番困ったのが「飾り付け」でした。
春夏秋冬、季節の行事などを題材にした飾り付けは、絵心とセンスが大事なのです。
これまでの作品を写真に撮って保存してくれているので、それを見ながら再現することは可能だ・・とは聞いていたのですが、見るのとやるのとでは大違い。実際私はやってみて自分がこのことにまったく向かないということを改めて発見しました。
万一できる人がいなかったら、困ったな・・と考えていたところ、救う神がいたのです・・職員の中に。

mナースは当院のホスピスの飾り付けを見て就職を決めたというくらい、飾り付けに思い入れがあって、イラストもとても上手な人。
飾り付けする人がいなくて困っていると話したところ「やってみたい」と言ってくれてスタートしました。これまでにない斬新な発想で、次々話題作を制作してくれました。
常に飾り付けのことが頭のどこかにあるので、街中のディスプレイなども参考にして歩いているそうです。

検査技師Tさんは独学で始めた切り絵が楽しくて、2Fの新館のコーナーをいつも飾ってくれています。
小さな先端のカッターを器用に用いて、美しい切り絵で物語の一シーンのような世界を制作しています。ひとつひとつがこまかく、よくできているのでじっくりみたくなります。
フエルトのリスちゃんとメジロちゃんが登場人物となり、見る人が自由に空想する楽しさがあります。

クラークSさんは手作り小物が上手で、まあるく、あったかく、ほのぼのした空間を作ってくれます。
人形の表情がにやにや、わくわくした感じでなんともユーモラス。人柄が出ています。

クラークSさんと協働しているのがSナース。ときどき、こんな独創的なことをしてくれます。
病院にお勤めの人はわかると思いますが、太巻きの中身は採血のスピッツ(試験管)!

さて、トリはこの方。Fさん。
仕事柄たくさんのコード類がお部屋にあると思われます。こういうセンス、大好きです。

職員の中に、こんなにセンスのある人が、そして技術のある人がいてほんとありがたいことです。
そしてそれぞれに楽しんで、主体的にしているってことが何よりうれしいことです。

ボランティアでも、仕事でも、自分のしたことで誰かが幸せを感じたり楽しい時間を過ごしてもらえるというのは、ヨロコビにつながります。「楽しい仕事は楽しごと」と誰かが言ってたっけ。

今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
なされるべきことが、得意なことだと、その仕事は楽しい。

お知らせ, ボランティア> | 更新日:2017-02-27

病院内に社会の風が吹き抜ける~ボランティアせらの活動~(下)

本当は退職して悠々自適な生活&大好きなリフレクソロジーをする予定だった鈴木さん。
ボランティア・コーディネーターになってくれないかとお願いしたところ、快く引き受けてくれて勇気100倍になりました。

せらのコンセプトを明確にする

さっそく、せらのコンセプトを明確にするところから話し合いを始めました。

「ほっとできる場をつくる」ーうんうん
「いつでも誰でもが立ち寄れる場をつくる」-うんうん
「ホスピスだけじゃなくて、病院全体を活動の場にしよう。」
「定期的なミーティングをして」
「当面はお茶会と飾り付けの維持継続だけど、人数が増えたら活動範囲を広げて、いずれはコーディネーターをボランティアさんから立てられるといいね」
「5月に辞めることが決まっていたメンバーさんに、感謝の気持ちを表す会合を開こう」

感謝をちゃんと伝えよう

ということで感謝のつどいを企画。
職員からのメッセージを募り、それをメッセージツリーに張って贈ろうということになりましたがツリーの台紙、どうするの?ってことになって、なんとここで鈴木さんがイラストも上手だということが判明。わ~びっくり。いくつ才能持ってるんですか!

そうして長年頑張ってくださった皆様に感謝の気持ちを、お贈りしたのでした。

募集説明会から対話を深める

その後募集説明会を開いたり、人づてでnewメンバーが増えました。
説明会は少しずつバージョンアップし、最近は可能な限り理事長や院長にもお話しをしてもらっています。私たちの病院のありようと、ボランティアに関する考え方を聞いていただいたあと、実際に活動しているところを見ていただいてます。水曜日の午後のお茶会、そしてボランティア室での作業、飾り付けの様子など。そして茶話会を開き、なぜボランティア活動を始めようと思ったのか、どんなことが得意かについて詳しくお話を伺います。

その人の考え方・価値観が少しわかりますし、病院の求めている活動と同じ歩みができそうかをすり合わすことができます。お互いの考えを聞きあうことで、ボランティアさん同士が親しくなるのも早いような気がします。

最近のせら

だんだん人数が増えてきたので、最近は鈴木さんが活動メニューを作ってくれるようになりました。
メンバーはそれを見て次回は何をしようか、自分で選択することができます。鈴木さんは先々の行事も頭に入れながら、「そろそろクリスマスカードの準備」とか「車いすをピカピカにする日」とか楽しみながら続けられる工夫をしてくれています。

 

危機を乗り越えて

おかげさまでせらは存続の危機から1年が経過し、現在登録数は17名になりました。
活動の場所は一般病棟や透析室、花壇にもひろがりました。
なにより「ここへ来ると楽しい」と皆さんおっしゃってくださいます。
「私は冬の間は来れないからね」と言っていたHさんは、冬の間休まずタクシーで来て下さいます。
やりがいを持って通うHさんを見て、息子さんが「母さん、ボランティアに行くのに転んでけがしたら何にもならないからね、タクシー代は必要経費だよ」と言ってくれたそうなのです。そうまでして来て下さるHさんとその息子さんに、私は心の中で手を合わせています。

病院らしくない病院を作る、これが私たちの新病院コンセプトでもありますが、ボランティアさんが持ち込んでくれる社会の風が病院内を吹き抜けて、患者さんもご家族も職員もボランティアも、共に支え合いながら進んでいくことができたらいいなあと思っています。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
手前味噌ですが私の撮った写真、なんとも温かい、いい笑顔だと思いませんか?

病院内に社会の風が吹き抜ける〜ボランティアせらの活動〜(上)

当院には「せら」という名前のボランティアグループが活動しています。

2003年に前野理事長(当時は院長)が緩和ケア病棟を開設し、その後せらが結成されました。せらという名前は、「ケ・セラ・セラ」のセラ、「セラピー」のセラ、そして「せせらぎ」のせらから由来しています。結成当初のお茶会には淀川キリスト教病院の柏木哲夫先生がお越し下さって、ずいぶん勇気づけられたと伺っています。
せらの活動は、緩和ケア病棟で開かれるお茶会や、イベントのお手伝い、季節の飾りつけ、縫い物など、現在に至るまで続いています。季節の飾りつけは、温かく全体のバランスも整ったアートとなっており、患者さんやご家族だけでなく職員も立ち止まって見入っています。

デイルームで毎週開かれるお茶会は、患者さんもご家族も楽しみにして下さっています。
フルートやピアノの生演奏を聴きながら、カフェのように好きな飲み物を注文できて、のんびり過ごすことができるのです。
医師や看護師らも同席して、楽しく語らいながらお茶を飲んでいると、病院にいることを忘れてしまいそうです。
ボランティアさんたちは、揃いのエプロンをつけ、注文を取りに来て、飲み物を作って優しい笑顔でテーブルに運んでくれます。


お部屋の入口には戸口飾りといって、手作りアクセサリーがぶら下がっています。
これらのことは、職員だけでは到底できることではありません。ボランティアさんたちが作り出す世界や空間は、社会の中で日常生活を送っていることを思い出させてくれるとともに、人の手のぬくもりややさしさが感じられて「ほっ」とするものです。

せら存続の危機

昨年私がこの病院に来た時、せらは存続の危機にありました。かつて10名以上いたメンバーは、年齢や体調、ご家族の介護など様々な事情で、7名ほどになっていました。そのうちお茶会に毎回来られる方は4名しかおらず、自分が休むと他の人が困るという理由で無理を押して来てくださっていました。来れるときに来て、楽しく活動するはずのボランティアがまるで義務のようになり、メンバーは皆疲れていました。5月までにさらに人数が減り、毎週行われていたお茶会の運営や季節の飾りつけが危うくなりました。

そこで、みなさんからいろいろお話を聞き、方向性を幹部で話し合いました。

病院側の対応にも反省すべきところが多々ありました。自律して活動しているせらの皆さんに頼り切って、コミュニケーションが不足していたのがその原因でした。
過去を省みて、これからのボランティア活動について、どんな方針をもって進めていくのか見直すチャンスでもありました。
せらの活動は、私たちの病院にとってなくてはならないものです。病気と闘う患者さんとご家族が、ほんのひとときでも病気を忘れ、社会の空気を感じることが、今を生きていく上でとても大事なことなのです。
ですから病院側とせらとの間をつなぎ、対話する仕組みをつくること、新たなメンバーを募集し、ゆとりを持って活動できるようにするのが急務でした。

ボランティア・コーディネーターの誕生

組織の基盤を作るためにコーディネーターという役割をもった人を作ることにしました。
病院のこともわかっていて、新たなボランティアさんたちに院内のことや活動を説明し、一緒に動いてくれる人。親切で明るく、楽しい人。ボランティアさん一人一人の得意なことを引き出して、活動に結び付けてくれる人。
こんな条件のそろった人、めったにいないものですが、幸運なことに私たちの仲間に、その人はいたのです。
その人、鈴木さんは仕事をしながら何年もかけて「英国式リフレクソロジー」を学び、自らボランティアとして活動しようとしていた人でした。
http://minamiseishu.com/nurse/voice/

(つづく)