札幌南青洲病院 看護部

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札幌南青洲病院看護部長 工藤昭子の やさしさビタミンブログ

SNSで誰でもできることを、地道に継続すると決めた!(上)

先日、久しぶりに「ソーシャルメディア塾」へ行ってきました。
平成28年6月から、6回コースで開かれたこの塾は、ITとSNSによって個人と仕事を発信し、つながりによってマーケティングを行うという目的で開かれました。
それまでSNSもホームページも「見てるだけ~」の中途半端だった私ですが、当院に1月から着任し、病院のホームページに看護部サイトを作りたいと手がけ始めたところでした。
私どもの病院は小規模ですから、はっきりいってあまりリクルートにお金はかけられません。
大規模な病院説明会への出店や、豪華なパンフレット・ノベルティグッズなどもちょっと・・いや対象者も違うし大病院とは違って一時に大量採用するわけではないのでね。

さて、じゃあどういう戦略でいこうか・・と考えていた時に 白藤沙織さんのことを知り、ブログやホームページを見て、ソーシャルメディア塾のことを知りました。
白藤さんは、「広告にお金をかけられない、中小企業の経営者にこれを学んでほしい」と書いていました。
http://www.websuccess.jp/jissenjyuku/

これを読んで、私は確信めいたものを感じました。
そして白藤さんのブログを過去に遡って読み、等身大で書かれた内容から、この人は(会ったことはないけど)信頼できる人だ、という風に思いました。数日後、私はホームページから塾の申し込みボタンをぽちっと押しました。

受講料はけして安い金額ではないし、病院から頼まれたわけでもないんですが、自分の中に「あ、これやってみたい。勇気と根気がいりそうだけど、試してみたい」という気持が湧いてきました。

そして入塾。
塾生は少人数で、ひとりひとりの仕事も背景も違います。講師の白藤さんと、スタッフの方たちがアットホームな感じで気さくに対応してくれて、緊張もほぐれました。
そのころすでに看護部のホームページを制作しかかっていたんですが、その時の発想は言って見ると「ありきたり」なホームページでした。いわゆるきれい目のモデルさんの写真を使ったもので、ちょっとよそよそしいというか、現実的じゃないというか。

白藤さんのアドバイスを受けて、私はモデルさんの写真をやめ、働く職員のイキイキした表情を載せることにしました。
できればひとりひとりのエピソードも載せたい・・今仕事を探している看護師さんに、ここで働きたいと思ってもらうためには、仲間になる人たちがどんなに親しみやすいかを表現したい。そう思うようになったのです。
それで一人一人の承諾を得て、写真を撮りエピソードを加えました。職場の写真も同じように、みんなのイキイキした顔が伝わるように。

11月にようやくホームページが完成し、さてそこからが私の本当のスタートとなりました。(つづく)

あるグリーフ(悲嘆)ケアの形〜遺志をつなぐ〜

家族を亡くす、ということは大きな喪失体験です。

悲しみや辛さはその人それぞれの喪失体験の積み重ねや、愛情、旅立つまでの間にどんな体験を共有したかによってもずいぶん違うものです。突然なのか、予期されたことなのか、生前の関わりに対する後悔の度合いが強いかどうか、旅立ちを受け止める時間があったか、故人との関係性がよかったかどうか、本音で語れたかどうか。
本当に、それぞれのストーリー(物語)があって、どれひとつとして同じものはありません。

大切な人を亡くした場所に再び足を踏み入れて、ボランティアをするということ。
以前のブログでも触れましたが、故人を取り巻くご家族やご友人が共に過ごし、語り合い、悲しみを共有しながらも旅立ちを受け入れてしっかり見送ることが出来た時、ひとつのグリーフ(悲嘆)ケアの形として、他者への支援をする行動につながるような気がします。

ボランティアの存在は、医療者でもなく家族でもなく、ちょうどいい距離感を持って、自分が一人の人であることを鏡のように思い出させてくれます。香り高いコーヒーを落としてくれて、病気であることをふと忘れてしまうような時間を作ること、音楽、対話などがどれだけ患者さんやご家族の力になっていることでしょうか。

ある患者さんがこうおっしゃって下さいました。
「私が元気になったら、ここの看護師さんたちを癒してあげるんだ」って。
それを何度となく聞いていたお身内の方が、ボランティアとして申し込んでくださって。
「自分にできることで、彼女の遺志をつなぎたい。きっと彼女自身がそうしたかったと思うから」とおっしゃって、8月から週に1回、職員のために若石式リフレクソロジーというマッサージをしに来て下さっています。
30分の足裏マッサージには、自分でも気づいていない体の不調に気づき、いたわり、ケアしてもらったという以上の効果があるようです。
マッサージをしてくれるボランティアさんのそばに、亡くなった患者さんのにっこり笑った姿が見えるようでした。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
ケアする人もケアされて、またいいケアができる。

朝礼スピーチは気合で行こう

こんにちは。人前で話すのが苦手な看護部長の工藤です。

当院では朝8:30から朝礼を行なっています。
病院という職場なので、現場を離れられない職員も多数いますが、出られる人は出来るだけ出る、というルールになっています。

連絡事項のあと3分間スピーチがありまして、幹部は月に1~2回、所属長は半年に1回、その他の職員は1~2年に一度くらいの感覚で当たります。
スピーチするのが好きな人ってあんまり聞いたことがなく、たいていの人は「いやだな~」と思いつつも根が真面目なので、メモを片手に一所懸命しゃべります。

先日のスピーチはホスピスのナースでした。
姪っ子の1歳の誕生日に親戚が10人以上も集まり、わいわいとお餅を担がせて楽しいお誕生会だったという話からはじまりました。
そして先日の「エンゼルケア」の研修会の話に飛び、自分の仕事「人の死を看取る」ことへとつながり、誕生会も死の瞬間も、愛する人が集まって時間を共有するのが大事なことだとわかり、そこへの援助こそ、私たちにできる大事な仕事だ・・・といういいお話でした。
う~ん 朝から勉強になるなあ~~。

そうこう言っている私も実はスピーチは苦手・・
学生さんの前で講義だとちいとも上がらないのに、朝礼スピーチは心臓がどきどきします。
実は数日前から気が張って、時におなかを壊したりします(笑)。

立場上、いやでもそういう機会はありますから場数はそれなりですが、やっぱり話すより聴く方がいいし、書く方が何度も推敲できるので気が楽です。
ええかっこしいなんですな~。
いつも一度手で書いてまとめてから話すようにしていますが、用意していたのとは違う方向へ行くこともあって・・
しゃべり終わったあとに、いつも自分ひとりだけが裸になったような、恥ずかしさを覚えます。

ホスピスナースは、あんまりにもスピーチのことを考えすぎて、夢にまで出てきたそうです。
夢の中の院長が「もう朝礼スピーチやめよっか」と言ってくれたとか(笑)

でもね、このスピーチで人の考えや新たな側面を発見したりしているのも事実。
この人はこういう趣味を持っていたんだ、とか料理が得意なんだなとか、食べ歩きが好きなんだなとか・・・
なかなかじっくり職員同士が話す機会がないだけに、私はなくなったら寂しいんだよ・・
年に1回だもん 気合で行こう!

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
好きなことをしゃべればいいのさ!(誰も覚えてないから!)

院長は記憶力がよくて、ちゃんと準備してるんだよね。

楽しいところに人は集まる

日本一、幸せに働ける病院を作りたいと思っている工藤です。

2017年7月現在、当院のボランティアさんは登録29名となりました。
いっとき存続の危機があったことを考えると夢のような人数です。
ありがたいことに、今は特別募集をしなくても、ぽつりぽつりと応募いただくことがあって、大変助かっています。

今日はその中の「飾り棚部隊」(注:勝手に命名)の方たちを紹介します。
ボランティアさんの中には「元看護師」さんや「現役看護師」さんが合計7名いらっしゃいます。
「元看護師さん」の場合、現役で働いていたときには時間に追われて、じっくり患者さんに関わることができなかったけれども、今はゆとりを持って関われるとおっしゃって、認知症患者さんのそばにいて声をかけながら手をマッサージしてくださったり、お茶会の時に隣に座ってゆったりとお話をしてくれたりしています。


しかし「現役看護師さん」の場合、職場でも目いっぱい働き、家では家事をこなしているはず。
さらに別の病院でボランティアをするという発想には、私はなかなか至らないのですが、驚くことに現役看護師の方が5名もいらっしゃるのです。

「飾り棚部隊」の方は2名いまして、現役の看護師さんたちです。いろいろなボランティア活動の中で、飾り棚を装飾するのが好きかも知れない、ということでやってもらったらすっかりハマってしまったそうです。
1~2か月に1度くらいの感覚で来られて、季節の飾りつけをしてくださるんですが、回を追うごとに舞台レイアウトが凝ったものとなり、おふたりの独自の世界観やストーリーが出来てきました。
お二人は、それぞれ別の病院にお勤めですが、休みを合わせて一緒に来られます。

7月下旬に現れたおふたり。
今回は海水浴がテーマとか。


私 「これ、いつアイデアを考えているんですか?」
Aさん「もう、四六時中(飾り付けの事)考えています!」とのお返事・・

しかもこの方、夜勤明けに来たんですって!!

参りました。
すごい情熱とエネルギーです。
Aさん「これやってると患者さんやご家族の方から”楽しみにしてます”って声をかけてもらえるんです。それがうれしくて来ています」

そして、このお二人があんまり毎月楽しそうにここに来るのを知った知り合いの看護師さんが
「今日は見学にきました」と言って参加。
さらに「飾り棚部隊」が増える予感です。

今日もこのブログに来ていただき、ありがとうございます。
楽しいって言って何かをしていると必ず人は集まってくる気がします。
それが仕事に直結してもしなくても。

エンゼルケアの研修会

7/31に院内で「エンゼルケア」の研修がありました。
講師の緩和ケア認定看護師市川佳代さん(千葉徳洲会病院)とは、昨年院長とグループ病院を見学した際に、初めてお会いしました。
別な仕事で市川さんの札幌出張を知った私は、図々しくも当院での講義をお願いしたのです。

「エンゼルケア」というのは看護師の用語で、患者さんが亡くなられた後に体を清潔に整え、点滴など身体に入った医療器具を取り除き、メイクをすることを指しますが、広い意味ではご家族の悲しみへの対応も含まれていて、生物学的な「死」よりも前から少しずつ準備教育を始めるとともに、自然な状態への整えと、ご家族が死を受容するための援助を行うものなのです。

市川さんは緩和ケア認定看護師としてご勤務中に、ご自身のお母様ががんの末期であることを知りました。
職場の理解と協力を得て、在宅で看護し自分で看取る決心をしました。
その生活とお見送りした体験が、写真で克明に記録されていました。
ご家族やお母様のご友人たちが集まり、ともに過ごした日々がスライドに映し出されました。
趣味でフラダンスをしていたお母様の死に装束は、一番似合っていたドレスでした。
市川さん渾身のメイクでとても明るく満ち足りたお姿となり、その後のハワイでの散骨に至るまでが、一貫した納得の「エンゼルケア」でした。

こうして講義室に集まった私たちは、市川さんとお母様の最期の日々を追体験させていただきました。
最期の時までを精一杯生き抜いた、一人の女性の息をのむようなお話でした。
一方、看護師として娘として、様々な角度からお母様の姿を見つめ、思いを込め、最善のケアをやりきった姿がそこに映し出されていました。
うらやましい!すばらしい!私はこんなことできなかったなぁ!

市川さんは自分の体の斜め横を手でぐるぐるしながら「今もこのへんに母が漂っていて、ちゃんと私がお話しできるように支えてくれているんです」と茶目っけたっぷりにお話しするのですが、聞いている私にもお母様が笑って隣にいるような気配が感じられ、それが幽霊だとしても温かくほほえましい光景に映りました。
これが生きている人の中にいつまでも生き続ける、ということだなあと思うのです。

市川さんの講義は、終わった後になんだか人と話したくなります。
皆、何かしら誰かを失った喪失感を抱えながら生きていると思うから。
普段はそのことに蓋をして、仕事をしたり生活したりしている。
でも、ときどきこうして蓋を開けて、泣いたり懐かしんだりして悲しみをちゃんと味わうことも大事だなと思います。

市川さん、来ていただいて本当によかった。
グループ病院にこんなに優秀で素敵なナースがいることに感謝します。
また来年もぜひ続きを聞かせてください。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
「大切なのはどれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心をこめたかです」(マザー・テレサ)

アコガレの、勝原裕美子さんの講演を聞いてきました!

8/5(土)に、私のあこがれの勝原裕美子さんの講演に出かけてきました。
「キャリア開発を考える」というテーマで、市立札幌病院で行われました。
友人に誘ってもらって、外部の人間なのに一番いい席をget(笑)。

今年の春ごろ、勝原さんの亡くなられたお父様が夢に出てきて、「これまでの事、どれか一つでも欠けていたら、今のおまえはない。まだ終わっていない。お前の人生はこれからや」と声をかけられたのだそうです。
夢から覚めた勝原さんはすぐにその言葉を書き留めて、おそらくなんどもその言葉を噛みしめ、ご自分のキャリアを振り返り、20年前に今の仕事や生活を想像できていたか?想像通りでないなら、何がそうさせたのか?を自問したといいます。

こんな風に導入が始まり、看護師になる前から定年後まで、段階的に看護職が進んできたプロセスをたどりながら、お話は進みました。
看護師には、大きな病院であれば最初に配属された部署や異動した部署によって経験を積む他、自分の興味のある分野を究めてスペシャリストになる道や、管理職に進む道など、さまざまな方向性があります。
非常に有能で人柄も素晴らしい人だけれども、家庭との両立を最優先に考えて、パートで働き続けている人も、私はたくさん知っています。

何を選ぶかは、人それぞれ、ですね。

ある友人は40歳を過ぎてから看護師を目指し、家族と離れ離れに暮らしながら免許を取得しました。働きながら50歳を過ぎてから大学~大学院へと進み、60歳を超えた今現在は非常勤で働きながらも、様々なことを学び、セカンドステージを自ら作り出そうと模索しています。そんな友人に敬意を払いつつも、次のステージに向けて何かお手伝いできないかといつも思っています。
私自身も後継者を育てて次のステージに何をするかを考え準備しなきゃと思いますし、働く職員ひとりひとりのことにももっと対話が必要だなと思いました。

勝原さんの講義は、具体的で答えたくなるような質問が随所に織り込まれ、自分の体験を思い出し、重ね合わせて聞くことができました。
最近私は、人と面談するときには、より具体的で分解された質問がすごく大事だなと思っています。
「こうしてみたら?」ではなく、その人が自ら答えを見つけて進んでいけるような問い。
しかし自分で問いを作るのは結構難しいものです。
勝原さんの資料にはたくさんのヒントが詰まっていました。

そんなことからも、わたしにとってこの講義はまた宝物のひとつになりました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
ちゃっかり写真とサインといただきました。これも宝物です!

市立病院のアジサイ。素敵です。

昨日よりもっといいケアを~赤ちゃん人形”たあたん”がキタ~

こんにちは。いいケアをするためには何でもしたいと思う、看護部長の工藤です。

先日フランスベット株式会社さんのご厚意により、赤ちゃん人形”たあたん”をしばらくお借りすることになりました。
おなかのボタンを押すとスイッチが入り、手に触れると「ふんぎゃあ」と泣き、足に触れると「けらけら」と笑う。
座らせると目を開け、寝かせると目を閉じます。泣いた時にぎゅうっと抱きしめると泣き止む、優れものです。
重さは1.5キロで本物の赤ちゃんよりはずっと軽く、筋力の衰えたお年寄りでも抱っこが出来ます。

認知症ケアに効果のあるダイバージョナル・セラピー

認知症を伴う高齢者のために、最近「ダイバージョナル・セラピー」というというものが知られてきました。
ダイバージョナル・セラピーとは、オーストラリアやニュージーランドで発展してきたもので、レジャーやライフスタイルに関わる分野での個別ケアとして公的に認められているものです。
個人が自ら楽しいと思える経験を通じて、ひとりひとりのQOL(クオリティオブライフ=生活の質)を向上させようというのが狙いです。

詳しくは

http://www.homecare-yamaguchi.co.jp/diversional-therapy/

そのプログラムは、ダンスやアートや庭つくり、海辺の散歩、音楽やお茶会、読書など多様にあり、個人からグループでのかかわりまで様々です。
定期的に生活の中に取り入れていくことで、ケアの受け手がポジティブに行動したり、笑顔が増えたり夜間の良眠が得られたりという、成果が得られているそうです。

記憶を呼び覚まし、幼い子を守る動作へとつながる

赤ちゃん人形”たあたん”は、「ドール・セラピー」と言って、「赤ちゃん」という存在がそばにいると認識すると、「自分が守ってやらねば」という気持ちにさせ、お世話をするような行動を引き出したりするのだそうです。
抱き心地がよく、そばにいることで愛情を感じたりすることから、子育てをした過去の記憶を呼び覚ましたりするようです。
職員もこの赤ちゃんを抱くと泣き声や笑い声で思わずにっこり。
つい「あ~よしよし」などとあやしてしまいます。

どの方にもというわけにはいきませんが、この人形がコミュニケーションのひとつとして、お役に立てればと思います。

いつもこのブログに来ていただきありがとうございます。
詰所のカウンターに置いてあると「ぎょっ」としますが、患者さんにはおおむね好評です。

みつけたいのは自分の強み・他人の強み

自宅のベランダでえんどう豆を育てています。
花が咲き、実をつけるようになるといつも思うことがあります。
いつも見ている位置から収穫していると、翌日違う方向から見たら昨日はまったく気づかなかったところにさやの大きい実を見つけることがあることです。


昨日あるだけ収穫したと思ったのに、葉っぱの陰にかくれていて、発見できなかった。
ほんの少し角度を変えて違う方から見たら発見できたかも知れないのに。
見落とした自分がいます。

これは人に対しても同じことが言えて、人はだいたいお互いの要求によってコミュニケートするものだけど、そこには見えない側面がいくつもあるということ。
いつも不機嫌な表情で仕事をしている上司が、家ではとても子煩悩だとか。
あるいは普段無口でいるけどイラストがとっても上手な人だとか。

ちょっとした言葉のかけ違いや感情のすれ違いで「あの人はもうだめ、嫌い」とレッテルを張ってしまうと、なかなかそこの位置からはいい側面は発見できないものです。
理解のある上司や同僚ばかりとは限らないけど、うまく行かない関係性を環境のせいや人のせいにしていると、何も発展はない。
この人のいいところは何か?
この人の得意なことは何か?
をいつも観察して考えているのだけど、見てるだけじゃわからないことも多くて。
もっと聴いて、対話しないとね。
って思う。

そうはいっても、対話ですべて解決すると言うほど、おめでたい人間でもありません。
何年もの間、廊下ですれ違っておはようと挨拶しても一度も返事をしてくれなかった人もいます。
そういう人のお葬式は、絶対に行かないと心に決めています(笑)。

お互いの強みを理解してそこに焦点を当てる働き方ができれば、「日本一幸せに働ける病院が作れる」と私は信じています。

いつもこのブログに来ていただきありがとうございます。
口で言うほどには、まだまだできてない私です。

私の終末期はこうしてほしい~医療事前指示書について

7月15日北星学園大学で開催された、日本在宅ケア学会学術集会の市民講座に行ってきました。
尊敬するスーディ神崎和代先生(いわき明星大学教授)が「最期まで安心して暮らすための在宅ケア」という題名で講演し、先生の書かれた「医療事前指示書」について書き方を解説されるというので、楽しみにして行きました。

「終活」とか「エンディング・ノート」など、人生の終い方についての本やイベントが流行しています。
遺言書やエンディングノートはいわば「亡くなってからの」指示書ですが、この医療事前指示書はもっとその前の段階での指示書になります。
実を言うと私も32歳の時からいわゆる「遺言書」を毎年書いていました(^^ゞ
ま、その話は別の機会にするとして。

「医療事前指示書」とは、何らかの理由で自分で自分自身の医療に関する意思決定ができない事態に備えて、あらかじめそれを文書にして書き記し、書いたことを誰かに知らせて託すことまで、を指すものです。

私たちは事故や病気などで急に重篤な状態に陥ったり、あるいは徐々に進行する認知症のために、自らの治療について「こうしてください」とか「不必要な延命治療は要りません」という意思を、人に言えなくなることがあります。
そのとき医療者はご家族の方に「(このあとの治療を)どうしますか?」と尋ねることになります。
命に係わる重要な意思決定を迫られたご家族は、迷い、悩まれます。
生きて、元の姿に戻ってほしいと願い、意思決定をされるのです。

今はインターネットで様々な医療の情報を得ることが出来るようになりましたので、患者さんの選択の幅も広がりました。
人工呼吸器や胃瘻の装着、過剰な医療の拒否についても、あらかじめご本人が意思決定されたものとわかるなら、ご家族も迷いなく選択できるでしょう。

医療事前指示書にはもうひとつ、「医療委任状」という側面もあります。
「最期を迎えたい場所」について国民の55%が「自宅で死にたいと思っている」が、実際に自宅で亡くなる人約12%、病院で死亡する人75.2%という調査結果があります。(厚生労働省平成28年資料「在宅医療の現状」から)
つまり、実際には終末期を自宅で過ごしたいという希望はあっても伝えていない人、希望する在宅医療サービスがその地域で受けられない人、家族の介護負担などで思うとおりに行かない人などがたくさんいるということです。

病気や寿命をコントロールすることはむずかしいですが、回復の見込みがないとわかったときに、「自分はこうしてほしい」とあらかじめ書いた意思を表明し、伝え、尊重してもらうことは可能です。
そして内容についてご家族とよく話し合っておいて、書いた指示書をどこに保管したかを家族がわかっていることが大事です。
「お父さん、こう言っていたよね。そういえばあの棚の引き出しに入れておいたね」と言っていつでも取り出して見ることができれば、それはご本人に代わって家族が意思を尊重することにつながるのです。

 

医療事前指示書について
http://www.nakanishiya.co.jp/book/b217333.html

 

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
この件についてはまた書きたいと思っています。

ホスピスの七夕会に想う

昨年の七夕会は流しそうめんをして、ずいぶん驚いたものだけど、今年はお祭りにするという。
まったくいろんなことを考えるよね、ホスピスのナースたち。
どんな内容かは当日のお楽しみ、私は一切口を出しません。

あ、今回は法被を買ってほしいと頼まれましたっけ。
来月の病院祭でも使えるし。
院長、ありがとうございます!(^^)!

ひと月ほど前から短冊飾りが用意されて、少しずつ準備がされていましたが、当日朝イチのラウンドで、ホスピスのデイルームが一気に様変わり。大きな文字が飾り付けられて、期待が高まります。
たこやき・わたあめ・かき氷・スイカ・ヨーヨー釣り。


段ボールで作ったくじ引きもあります。
きっと夜中に作ったんだネ。ごくろうさま。

音楽療法士のK先生が、ピアノを弾いて幕開けです。
研修医の先生や事務の実習生、それから釧路から見学に来てくれた看護師さんたちの力も借りて、皆がそれぞれの持ち場で最高のモノを作り、すてきな笑顔でおもてなしをしようとしています。
研修医の先生のコーヒーを運ぶ姿がやけにスマート!(カフェでアルバイトの経験があったとか)


ボランティアさんは、「今年のスイカの切り方を見てください!」と言います。
たしかに!進化系ですね。持ちやすくて楽しい!


しばらくして師長さんがピアノの前に座り、「上を向いて歩こう」を弾きはじめました。
「え?師長さんが?」とみんなが注目し、弾き終えた瞬間大きな拍手が沸きました。
狭い会場に集った患者さんやご家族、職員たちに一体感がふわっと立ち上った感じがしました。

 

ケアワーカーさんが他病棟の患者さんを連れてきてくれて、たこやきやかき氷を味わっていただきました。
手が硬縮している患者さんにわたあめを差し向けると、わたあめの割りばしを受け取ろうと体を前にしようとします。
ご家族の方がそれを支えてなんとか持つ格好にして、わたあめにパクリ。
こういう瞬間を写真に撮り、プレゼントをする。
その写真を病室に飾ると、その場に居合わせなかった人にもうれしさが伝わって、見ている人も笑顔になります。

「わたあめなんて子供の頃以来だった。おいしいもんだな~」と男性の患者さん。
「食事があんまり食べられなかったのに、かき氷が美味しくてつい全部食べられました」とご家族。

味や体験や楽しかったことが心に残り、写真を見てまた思い出し、そうして日々紡いでいく。
時にはそのことが薬よりも効果的だったりします。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
人のヨロコビが自分たちのヨロコビになるね。これこそが最高の報酬。

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