札幌南青洲病院 看護部

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2017年1月

ご家族が認知症かも・・というときご相談ください

先日グループ病院の看護・介護部門の看護研究発表会が行われました。
新しい知識を学ぶとか、何か共通する物事を話し合うというときに、全国グループのスケールメリットを感じます。
当院からは外来の研究「認知症患者・家族との関わりについて考える」というテーマで発表がありました。

ふくじゅそう外来とは

当院には「ふくじゅそう外来」という風変わりな名前の外来があります。
認知症患者さんとそのご家族のための外来なのですが、認知症の方が「私は認知症じゃないかと思う。だから認知症を診てくれる病院にかかろう」と思うのはまれなことで、ほとんどの場合一緒に暮らしているご家族が異変に気づいて、どこに相談しようかと考えられます。

受診(病院で診察を受けること)することを決心したとして、「認知症の外来に行きますよ」というのはあまりにも直接的すぎて、「私は認知症なんかじゃない!なんてことを言うんだ!」と言われかねません。
それほどに認知症に関してはデリケートな側面があるため「もの忘れ外来」というようなネーミングをつけている病院がほとんどです。

当院でも抵抗感が少なく来られるよう「ふくじゅそう外来」という名前にしています。
ふくじゅそう外来ではコウノメソッドを取り入れ、「介護者保護主義」をコンセプトとし、共に暮らす介護者の負担軽減を重要な視点にしています。
認知症が進行すると単なるもの忘れにとどまらず、徘徊、火の不始末、もの盗られ妄想、暴力、異食(食べ物ではないものを食べる)、介護拒否などが起こることがあります。(個人差があります)
症状がひどくなるほど、介護者は対応に悩み苦しみ、周囲からの理解やサポートを必要としています。

介護者の関わりの変化で負担も軽減していく

認知症は残念ながら、現在のところ特効薬はありません。

「また忘れてる」「どうしてこんなこともできないの?」など、衰えて変化していく家族を理解できず、ついつらく当たってしまったりして、そのことに自己嫌悪を感じ介護者=家族の苦悩はどんどん深まっていきます。

しかし介護者が「大変だ」と感じていた症状は、薬の調整や関わり方のコツを知って対応すれば、落ち着いて過ごすことができるようになっていきます。それは結果的に介護者自身の心境の変化にもつながっていきます。

介護者自身が「負担だ」「どうしてこうなったの」「イライラする」など悲嘆や負の感情を抱いているより、「そういう病気だからしょうがない」と受け止め、「これはできなくなった、でもこんなことはできる」と、いい面に目を向けることによって、患者さんも安定していくのです。
外来の研究発表は「介護者の負担軽減の役に立ちたい」というコトバで締めくくられました。少しでも認知症の患者さんとご家族の力になれたら幸いです。

 

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。

ふくじゅそう外来に関する情報は

ふれあい平成26年3月20日号
ふれあい平成27年1月1日号
をご覧ください。

平成29年度4月採用 看護師・看護補助者のための病院見学会

札幌南青洲病院では、平成29年4月採用の看護師及び看護補助者のための病院見学会を開催します。
今回は緩和ケア病棟、障害者病棟勤務、透析室で勤務して下さる方(各1名)と、看護補助者1名の募集です。
いずれも病院勤務経験者で、看護師は正看護師のみの募集となっております。
お仕事の都合で、違う日程をご希望の方は、お気軽にご連絡ください。

日時:平成29年2月11日 午前10時~12時
場所:札幌市清田区里塚1条2丁目20-1
e-mail: a-kudo@minamiseishu.com
℡ 011-883-0602 (担当:工藤または森岡)

お知らせ> | 更新日:2017-01-23

旅立つ場面に家族がそばにいられること

  • 私が看護学生のころの話です。
    「私はね、自分や自分の親ががんで死ぬとしたら、自分の子供たちに死ぬ瞬間立ち合わせてやりたいと思っている」と看護教員のT先生が話をされました。
    「臨床現場では、死ぬ瞬間救命処置をするために家族は部屋から追い出されることが多い。でも、予期していて、避けられないものなら、無駄な処置はせずに家族でその場面にいたいと思っている。特に今の時代、愛する人の死ぬ場面は、たとえどんな小さな子供であっても、見せてやりたいと思うの。」というようなことをその先生はお話しされました。

もう、30年くらい前の話です。

その後私は急性期の病院に就職し、臨終の場面では心電図モニターや点滴・酸素などがフル装備されており、呼吸の補助や心臓マッサージなどの蘇生処置を精一杯することが当然だと教わってきました。
蘇生の間はご家族には病室から出て頂きます。場所も狭いですし、心臓マッサージや呼吸の補助など医療者が動きやすくするためでありますが、もう一方でご家族にとっては蘇生のシーンそのものがショッキングな出来事だからです。

一定時間蘇生をし続けても回復が望めないと判断したとき、ご家族に病室にお入りいただいてモニター画面を見て説明をする、臨終とはそのような流れでした。医療者としても無力感を感じる瞬間です。

死ぬ瞬間をどこでどう迎えるかは誰にもわからない

私の頭の隅にT先生の言葉は残っていました。
59歳で母ががんで亡くなったとき、偶然ですが私は子供たちを立ち合わせていました。
蒸し暑い土曜の午後、幼稚園から子供たちを連れて母のもとに来ていました。

ぎりぎりまで家にいて、「(蘇生など)よけいなことは一切してほしくない」という母でしたので、入院した翌日でしたが点滴一本すら入っていませんでした。苦痛を取るための注射を一本打ったあと、主治医が診察に来るのを待っている間にすうっと命が閉じました。

息を引き取って数分後、父と私がひとしきり泣いたあとで、それまでじいっと部屋の隅にいた4歳の娘がとことこと近づき、母の枕元にぴょこんと飛び乗り、黙って母の頭をやさしく撫でたのでした。

死というコトバも概念もわからない年でしたが、ごく自然に子供たちはそのことを、しかもあっさりと受け入れてしまったのでした。周りで慌てたり泣いたりしていた大人たちを尻目に、なんと堂々とした受け入れの対応かと、わが子ながら驚いたのを覚えています。

大きくなった娘は、そのことを自分の体験としては覚えていません。
けれど折に触れて私が話すので「もう何回も聞いた」とあきれながら、記憶として刷り込まれているようです。

旅立ちという言葉

「死」という言葉を私たちは「旅立ち」という言葉に置き換えて使っています。
生々しさを払しょくし、柔らかい表現にという意味合いもありますが、死は誰にも訪れることであるから、医療者としては苦痛なく穏やかにその時が迎えられるように援助をすることが前提で、次の場所へ旅立つイメージを持つことが大事だなと私は解釈しています。

旅立つ場面に寄り添えることもあれば、みんなが寝ている隙に静かに旅立つ人もいます。それは(静かに寝ている人を起こしたくない)という患者さんの配慮だったのですよ、ということもあります。どんなにその人を愛し、思っていても、旅立つ時は思い通りにいかないもので、必ず何か後悔や思いが残ってしまうものです。

でもそうして何度も何度も繰り返し思い出して、生きている人が話をするというのが、「いつまでも心の中に生きている」ということであって、次の世代の子供や孫につながっていくことだなあと思うのです。
あの日が休みの日じゃなかったら、夜だったら、きっとあの場には立ち会えなかった。
私や私の子供たちが母の旅立つ場面に立ち会えたことは、とても有り難いことで、母からのギフトだと思っています。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
いつかT先生に会ってこの話をしたいと思っています。

病院の窓から冬の日の朝焼け

どんなタイミングでホスピス緩和ケア外来にかかればいいのでしょうか?

ホスピス・緩和ケアというと、「死を待つだけの場所」「治る希望のない最期の場所」とまだ多くの方が考えられているようです。

確かにホスピスという場所は死を迎える場所ではあるのですが、限られた時間を愛する人とともに大事に過ごし、「最後までその人らしく生き切る場所」であると私たちは捉えています。

人の生きる時間には限りがあり、すべての人は100%死んでいきます。
これだけは「絶対」と言っていいことです。
がんという病気に体の大部分が占有されたり、がんの状態そのものが進んで生命を脅かす状態になって、手術や放射線や抗がん剤などの積極的治療や、代替療法などが効果を出せなくなったとき、主治医から「緩和ケアを紹介します」と言われると、見放されたように感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

戦って戦いぬいて、これ以上の方法はもうなくて、紹介されてこられる方もいらっしゃいます。
それから痛みや辛い症状を抱えていらっしゃる方もいらっしゃいます。
あるいは、まだ診断を受けて初期の段階で、緩和ケアというところがどんなところなのか知りたいという方もいらっしゃいます。

緩和ケアにかかったら、もう積極的治療は選べないの?

やっぱりまだ病気ととことん戦いたい。
そうしたいと思ったら、いつでも相談できますし、適切な病院へ紹介することもできます。
新たな治療法を試してみたい、それもその方の意思決定ですから、私たちは支援します。
そんなことを言ったら医師に失礼にあたるのではないか、と思う方もいますが心配は無用です。

いつ、緩和ケアにかかればいいの?

結論から言うと、どのタイミングが適切かはその方によります。
そしてその方がどんなふうにこれからの時間を過ごしていきたいか、にもよります。

ただ、早く知って損した、ということはないようです。
むしろ早く知りたかった、もっと早く来ていたら有意義な時間を過ごせたのに、とおっしゃる方はいらっしゃいます。

緩和ケアに来たらもう退院はできないかというとそうでもありません。
痛みや吐き気などの辛い症状が取れることによって、体力の消耗がなくなり、動けるようになっておうちに帰る方もいらっしゃいます。

まず誰に相談するの?

 

当院ではメディカル・ソーシャル・ワーカーが窓口になり、病気とどのように戦って来て、今はどうご理解されているか、これから先どうしたいのかを、まずは詳しくお聞きします。

病気以外にも心配されていることをひとつひとつひも解いて、整理するお手伝いをさせていただいてます。そして医師・緩和ケア認定看護師らと情報を共有して、緩和ケア外来の診察を予約して頂くことになります。

 

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
まだまだコトバが足りなくて伝えきれませんが・・
死を考えることは、よりよい生を考えること、とわたしは考えています。

こんな朝礼やってます

あけましておめでとうございます。
札幌は穏やかな天気で年が明けました。

さて、今日は当院の日常風景をお伝えします。

よその病院では朝礼があるのでしょうか?
私たちの病院では朝8時半に、まずラジオ体操をしてから朝礼をしています。

真剣にやるとうっすら汗をかきます。

司会の人が挨拶したあと昨日の業務量を報告し、各部署からのお知らせなどをここで共有します。
新しい人が入ったらここで紹介したり、お別れする人もここで挨拶していきます。

そのあと3分間スピーチ。

年間でどの部署・どの職員が当たるかが決まっています。
基本的に何をしゃべってもいいことになっていて、趣味のことやおススメのお店のこと、最近ハマっていること、家族のこと、仕事で感じたことなど、さまざまです。
何を話題にするかにもその人なりの個性が出て興味深いです。

年末にはGさんがSMAP解散がどれほど口惜しいかについてアツく語ってくれましたし
年明けはSさんが「初夢はいつからいつまでに見た夢のことを言うか?」の豆知識をお話ししました。
Sさんは身近なことを調べてきて、データに基づいたお話をしてくれるので、いつもためになるのです。

 

出席している職員も真剣に聞き、スピーチが終わるとみんなから温かい拍手が送られて、ほっと一息です。

当院は「対等性」を大事にする文化があって、医師もその他の職員も、患者さんもご家族も対等であることが前提になっています。院長も「本当は院長って呼ばれるのは嫌なんだよね、でもそうはいかないよね」と言います。「先生、先生」と呼ばれて驕らないよう、ご自分のことを戒めているのと、医者になるまえにサラリーマン時代があったからと理解しています。だから私のことも「工藤さん」と呼んでくれます。
役職で呼ばれることは責任と自覚を促すことになりますが、一方ではよけいな鎧をまとうことにもなるなと改めて思いました。

あなたもわたしもただの人。
強みも弱みも持った普通の人。
それがスピーチの時の「何を言ってもいいんだよ」という雰囲気を生み出している気がします。

朝礼の最後には理念の唱和をします。

自分たちの理念がなんなのか、何を大事にしているかを毎日口にするのです。
暗記している人もいます。

私はこの基本方針の(4)と(5)が好きです。
暗記はしてませんが(笑)
こうして朝礼が終わり、職員はそれぞれの持ち場に帰っていきます。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
今年も日常のこんな話をお届けしたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。