札幌南青洲病院 看護部

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看護部からのお知らせ

死の場面に間に合わないことについて ~ご遺族のお話を聴く~

11/9のグリーフ(悲嘆)ケア勉強会は、いつもボランティアで来て下さっているKさんに講師をお願いし、当院でお母様を見送られたご遺族としての立場から、お話を聴かせていただきました。
普段の講義とは違って、机を取り払い、車座になって対話形式です。医師・看護師・ソーシャルワーカー・薬剤師・ケアマネージャー・介護福祉士・医事課・・・・ほとんどの職種が集まっていました。

私は途中から参加したのですが、Kさんのお母様が当院に入院されていたときに、お母様の臨終に間に合わなかったことについて話している最中でした。
Kさんは家庭やお仕事を持ちながら毎日面会にいらして、つらい症状が少しでもよくなるようにと、看護師と一緒に考えながらお母様へケアを行っていました。
「明日の状態を少しでもよくするための、今日のちょっとした行動」は、状況が厳しい中でも有意義だったと回想していらっしゃいました。

小康状態が続いていたある晩のこと、プライマリーナース(担当看護師)が夜勤の巡回をしているときに、kさんのお母様の呼吸が止まっているのを発見しました。
看護師にとっても予期せぬ急な状態の変化でした。

その瞬間に「どうしよう、あんなに毎日熱心なご家族なのに、死の場面に間に合うように察知して連絡することができなかった」ととっさに思ったそうです。
ご家族が病院に来られるのを待つ間、その看護師は
「どうして”今夜あたりだ”って言ってくれなかったの?わかっていたら夜帰らないで泊まったのに」とご家族から怒られ、非難されることを覚悟していたそうです。
しかしKさんは一言も看護師を責めることなく、亡くなった事実を受け止めたそうです。
それが看護師には不思議だった。責められて当然と思っていたから。

Kさんは「ここに入院してから旅立つまでの間、看護師さんは一緒に悩みながらケアしてくれた。そのプロセスがあったし、あらかじめ突然死が訪れることもあると聞いていたので、間に合わないというのはこういうことかと思った」のだそうです。

五感を働かせて観察する私たち医療者にも、残念ながら前兆をとらえきれない死がたくさんあります。可能な限りお一人ではなく、ご家族に見守られる中で旅立ちができるようにすることで、死の事実の納得と受け入れがしやすく出来たらと思うのは、どの医療者にも共通することだろうと思います。「死に目に会う」ことを大事にするのは、日本の死の美学かも知れません。

ただ、私は若かりし頃先輩からこんな風に教わったことがあります。
「”死ぬとき(タイミング)”はその人が選んでいる。みんなに囲まれて逝きたい人もいるけど、誰もいないときに静かに旅立ちたい人もいる。寝ている家族を起こさないように、夜中にひっそりと逝く人もいる。」と。

Kさんのお話を聴いて、当時のプライマリーナースは長い間の胸のつかえが取れた様に、ほっとした表情を浮かべていました。
ご遺族からこんな風なお話しを聴けるというのは、なかなかありません。
けれども、こうして大切な人を中心に話し合うことが、やっぱり明日のケアをよくすることにつながるのだと思います。
私たちにとっても、グリーフ・ケアになりました。

Kさん 貴重なお話をありがとうございました。